コラム Column

2023年06月01日

ニュージーランド大水害が経済やインフラに与えた影響とは?

コラムのポイント

  • 2023年1月末から2月にかけてニュージーランドで発生した水害は、先進国であるニュージーランドの経済に多大な影響を及ぼした。総額で約18.9億NZドルの保険金支払いが生じた。
  • 本水害による被害の特徴は「農作物」と「道路を主とする社会インフラ」への影響であり、前者は農産物の取引先である国外の食品価格の高騰が生じ、後者は国内の物流や人流に不可欠な道路の多くが封鎖されたことによる食品工場の営業停止等の副次的な影響も確認された。
  • 甚大な被害に伴う復興活動により、財政への負担増と復興に必要な物資の需要増による国内インフレの加速が発生すると見られている。

コンテンツ

2023年1月末から2月にかけて、ニュージーランドは記録的豪雨の発生、それに伴う洪水と土砂崩れ、そして大型サイクロン「ガブリエル」の接近に見舞われ、史上3度目の非常事態宣言を発令しました。自然災害対策を含めた社会インフラの整備が一定水準で行われてきた、先進国の一つであるニュージーランドにおいて、非常事態と表現される程の、規模の大きな被害が生じたことは、今日の先進国においても大規模水害が依然発生し得ることを改めて認識させられるイベントであったと言えます。また、家屋損壊等の直接的な被害の他にも、様々な点でニュージーランドの経済に影響を与えたことが報告されており、本イベントによって国の経済活動にどのような影響が生じたのかを把握することは、私達の今後の水害への対応を考える上でも重要な示唆となります。本コラムでは、この2023年ニュージーランド水害における被害の概要と経済への影響を解説します。

2023年ニュージーランド水害の概要

2023年1月末に北島に位置するオークランドを中心とする記録的豪雨により、洪水及び土砂崩れが発生しました。その被害から間もなくして、2月中旬に大型サイクロン「ガブリエル」が北島に接近したことで、更なる浸水や高潮、強風による被害が発生しました。

2023年2月10日から2月16日までのニュージーランド近海の衛星画像、北西から南下しているサイクロンがガブリエル。
出典:NASA Earthdata*10
ガブリエルが北島に最接近した2023年2月14日の後、およそ2週間におけるニュージーランド北島の各地域での経済活動レベルを表した図。濃いオレンジ色は通常状態を示し、白色は経済活動が行われていないことを示す。出典:Stats NZ *11(日本語部分は筆者追記)

今回のニュージーランド・北島の洪水を対象に、GaiaVisionが最新の気象データを用いて洪水シミュレーションを行い、浸水深を推定しました。2023年2月14日における浸水域とその浸水深を示した以下の図の中で、黄色の部分は約0.5-2mの浸水、赤色の部分はおよそ3mを超える浸水が発生していたと推定された地域になります。まず、下図中に赤丸で示されたオークランドの南側に位置する地点では推定浸水深が約2-3mとなっています。この場所はワイホウ川の下流から河口にかけての地域であり、この浸水はワイホウ川の氾濫によるものと考えられます。上図の実際に報告された経済活動レベルでも、2月17日時点でこの地域での経済活動は停止されていたことが分かります。また、緑丸で示された場所はベイ・オブ・プレンティ地域のランギタイキ川の河口部周辺であり、ワイホウ川と同様の河川洪水による浸水が確認できます。こちらの地域も上図の経済活動レベルを見ると、域内での経済活動が停止していたことが分かります。以上のように、実際の洪水被害を反映している浸水域マップデータは、洪水による広範囲の地域への影響を把握•推定するために重要なデータです。一方で、このような高解像度の浸水域マップデータは、洪水発生後一定期間は公開されていない、または作成されていないことが多く、一般的に入手が難しいとされており、本イベントにおいても2023年5月時点で一般公開されている浸水域マップは非常に限られています。

GaiaVisionが推定した2023年2月14日における浸水深の分布
北島のオークランド以南の地域を対象としている

今回の被害の特徴は、道路や土手、また停電等の社会インフラに関連した被害が多く発生したことです。例として、ニュージーランド国内で最大の幹線道路であるSH1を筆頭に、各地域の物流に必要な道路の多くが封鎖されました。また、その影響で、家畜や伐採木材の移動が困難になる等の副次的な被害が多く報告されています*1*2。

以上の被害を受けたインフラの再建費用は、ほぼすべてが保険会社ではなく政府が負担することが発表されています*2 。一方、保険会社が補償する必要のある、その他の家屋や企業オフィス・事業所等での被害も依然大きく、1月末のオークランド洪水が発生した時点で48000件、10億NZドル以上の保険金支払要請が報告され*3、 その後のガブリエルによる被害補償額は8億9000万NZドルに上ると推定されています*4。

洪水により北島の多くの地域道路が封鎖される等の影響を受けた。
出典:Jaymin Mcguire, Stuff *1

水害による経済への様々な影響

一次産業と作物価格への影響

今回の洪水の被災地には農業が盛んに行われている地域が含まれていたため、一次産業における経済損失と食品価格の上昇が生じました。洪水による農作物による収入の減少は全国の総額で5-10億NZドルと推定されており、特にリンゴ・洋梨等の損害が大きく、ニュージーランド国内の総生産量の2,3割が失われた可能性があるとされています。また、農作物関連施設での物的損害による10億NZドルの損失も報告されています。関連施設での被害は、建物の損害に加えて農地の状態悪化も含まれており、既往災害での記録から修復には数ヶ月から数年かかるとされ、今後の農作物輸出に長期間影響が及ぶ可能性が外務貿易省のレポートで示唆されています*2。また、これらの農業損失推計では、被災地での中心産業である林業が含まれておらず、また農家は保険に加入することができないことから詳細な被害情報が報告されていない為、実際の損失額は更に大きい可能性があります。

ニュージーランドの主要産業である酪農は、被災地では活発ではなかったため影響は限定的でした。しかし、道路損傷により農場へのアクセスが絶たれたことにより乳製品生産の停止が発生していたケースが報告されており、少なくとも全国での乳製品の輸出額の1.7%に相当する量の生産減少が生じているとも推定されています*2。また、羊のウール産業においても、羊の直接的な被害は大きく報告されていないものの、ウール製品の工程で重要となる洗毛工場が集積していたホークスベイ地域のアウトトが主要な被災地となっており、工場での浸水が長期間にわたり続いたことが報告されているため、今後長期的な影響が生じると考えられています*5。

以上の影響から、ニュージーランド国内での食品価格はここ30年で最大の上がり幅となり、2月には前月比1.5%増、前年比12%増となりました。洪水以前からニュージーランドではインフレ傾向にあったため、この価格増加はその流れを受けて生じた面もありますが、特に被害を受けた野菜や果物に限定すると前月比で6%と平均の増加幅から大きく上振れしており*6、洪水被害による価格上昇への影響は生じていたと考えられます。また、国外に目を向けると、かぼちゃの輸入の多くをニュージーランドに依存していた日本では、輸入かぼちゃの価格が前年同期比で3.5倍に上昇するなどの影響が見られました*7。

復興に伴う財政の動きと金融市場への影響

大規模災害が生じると、多くの場合政府が復興支援予算を立てます。本イベントでは、ニュージーランド政府から道路復旧や事業再開支援を目的として総額でおよそ9億NZドル(約750億円)が2023年の国家予算から投入されることが公表されています*8。この予算はインフラや家屋の修理費用という形で市場に投入されます。その際、建設業やその他関連企業に多額の経済効果を生み出すと同時に、復興に必要な材料や物資の需要が急激に高まります。ニュージーランドの中央銀行であるニュージーランド準備銀行(RBNZ)は、今回の復興活動による経済への影響に対し、2023年の年間GDPに+1%の寄与をするとの暫定的な推定結果を公表しています*2。

また、復興需要に伴う中期的なインフレ圧力については、以前のカンタベリー地震の際にインフレへの影響が見られなかったことから、大きな影響にはならないとしながら、長期的な予測としては2023年第一、第二四半期におけるCPI(消費者物価指数)のインフレ率が0.3%の増加になるとの予測を示しています。ニュージーランド外務貿易商が3月に公表したレポートにおいても、災害発生以前からインフレ圧力が高まっていた今回の状況は、カンタベリー地震が生じた2011年とは異なっていること、また既に復旧作業が物資供給不足により停止しているケースがあることを指摘し、今後復興活動がインフレ加速の一因となる可能性を示唆しています*2。

金融政策や金融市場にも影響が見られており、ニュージーランド準備銀行は2月下旬の発表で「サイクロン被害の短期的な生産活動と物価への影響を注視する必要がある」と今回の水害に言及を行い、それまでのインフレ傾向に対する金融政策として行っていた利上げ幅を縮小しました。また、国際金融市場への影響として、2月に入ってからNZドル相場が頭打ちの傾向を示しており、復興予算による財政圧迫を懸念した動きと見られています*9。

今回のニュージーランド水害から学べること

今回の水害により、今日の先進国においても自然災害、特に水害によって、特定地域の家庭・企業のみでなく、国全体の経済指標にも現れるような規模で、大きな損失が発生する可能性があることが明らかになりました。また、高度に発達した社会インフラを持つ国では、一般的な水害で見られる家屋被害に比べて復旧に時間的・金銭的にも莫大なコストがかかるインフラ被害が多発すること、インフラ被害に伴い直接的な浸水地域に位置する産業規模よりも多くの産業の営業継続が困難になり、国全体の経済活動に影響が及ぶことが分かりました。さらに、国際社会における作物生産や経済の面で存在感の大きい国での水害は、復興によるインフレや財政圧迫、及び物資供給の停止といった副次的影響により、他国の経済動向にも影響を及ぼす現象が見られました。今後気候変動によって、今回のような極端な大規模水害の発生はより頻繁になると推定されている中で、他の先進国においても同様の種類・規模の損失が生じる可能性があると言えます。

このような水害による経済への影響は、現代社会における経済的なつながり・ネットワークや今後の気候及び水害の発生傾向によって決定されるため、経済・自然環境の双方の面で異なる状況である過去の既往災害における被害から推測することは困難です。そのため、「現在様々な地域で実際に行われている経済活動とその結びつきを正しく示しているデータ」と「現在と将来の気候トレンドを考慮した水害予測」を用いた経済影響推定を行い、水害による今後の経済活動への影響をより正確に把握した上で、今後の水害への備えを検討していく必要があると言えます。

参考資料

  1. Piper, Denise (21 February 2023). “Cyclone-stricken Northland ‘could’ve had more help’, Whangārei mayor says”. Stuff. https://www.stuff.co.nz/national/131290632/cyclonestricken-northland-couldve-had-more-help-whangrei-mayor-says
  2. New Zealand Foreign Affairs and Trade (March 2023). “Cyclone Gabrielle’s impact on the New Zealand economy and exports – March 2023”. https://www.mfat.govt.nz/en/trade/mfat-market-reports/cyclone-gabrielles-impact-on-the-new-zealand-economy-and-exports-march-2023
  3. Willard, Jack (7 March 2023). “New Zealand insurers’ payouts for Auckland floods reach $111mn: ICNZ”. Reinsurance News. https://www.reinsurancene.ws/new-zealand-insurers-payouts-for-auckland-floods-reach-111mn-icnz
  4. Plummer, Benjamin (23 March 2023). “Cyclone Gabrielle: Insurance claims reach $890 million mark as insurers doing ‘all they can’”. NewZealand Herald. https://www.nzherald.co.nz/nz/cyclone-gabrielle-insurance-claims-reach-890-million-mark-as-insurers-doing-all-they-can/XI3L7MV3EBDX5FLVE6MHHCIYFI/
  5. 浅丘達夫 (2023年3月2日). “ニュージーランド北島襲ったサイクロン、ウール業界にも被害 アワトト地区洗毛工場が浸水”. 繊研新聞社. https://senken.co.jp/posts/nz-wool-230302
  6. Radio New Zealand (13 March 2023). “Food prices rise at fastest annual rate in more than 30 years”. Radio New Zealand. https://www.rnz.co.nz/news/business/485880/food-prices-rise-at-fastest-annual-rate-in-more-than-30-years
  7. 日本経済新聞 (2023年3月13日) “輸入カボチャ卸値3.5倍に NZ洪水が食卓を直撃”. 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB224320S3A220C2000000/
  8. Dexter, Giles (15 May 2023). “Government’s cyclone recovery package: ‘It will be a journey’ – Councils, opposition react”. Radio New Zealand. https://www.rnz.co.nz/news/national/489902/government-s-cyclone-recovery-package-it-will-be-a-journey-councils-opposition-react
  9. 西濵 徹 (2023年2月22日). “ニュージーランド中銀、サイクロン被害の短期的影響を注視も、追加利上げに含み”. 第一生命経済研究所ホームページ. https://www.dlri.co.jp/report/macro/233269.html
  10. Photo by Jaymin Mcguire. Retrieved from *1.