コラム Column

2024年08月15日

銀行のストレステストにおけるこれまでの流れと新たな潮流ー金融庁・日本銀行が重視する気候変動リスクとは

■ 金融業界/銀行におけるストレステストの動向

ESG(環境・社会・ガバナンス)の概念は2000年代半ばから使われ始め、2015年のパリ協定以降、金融業界で本格的に注目されるようになりました。パリ協定での気温上昇抑制目標を受け、各国の脱炭素社会への取り組みが進み、金融業界でもESGリスク管理が急務となりました。特に、2017年にFSB(金融安定理事会)によって設立されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言が、金融機関のESGリスク管理を推進しました。このような流れで現在、ESGリスクは新たなリスクカテゴリーとして認識されています。ESGの中でもE:環境に分類される気候変動に関連するリスクは特に注目され、様々な取り組みが進められています。近年、気候変動リスクを分析するための手法として特に注目されているのがシナリオ分析と気候変動リスクストレステストです。

気候変動リスクストレステストとは、気候変動に関連するリスクが発生し、金融機関にストレスがかかった場合に、金融機関の健全性が受ける影響を定量的に検証する手法です。このストレステストは、将来のリスク情報を必要とするため、将来の気候や社会の変化を想定したシナリオごとの分析が非常に重要です。このような将来のシナリオに基づくリスク分析はシナリオ分析と呼ばれます。

国内外でシナリオ分析に基づいたストレステストが進んでいます。例えば、2017年に設立された気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク(NGFS)は、気候変動リスク対応を検討するためのシナリオを公表しており、欧州中央銀行(ECB)は2022年にこのシナリオを用いてストレステストを実施しました。日本でも、2021年度には日本銀行が3メガバンクとシナリオ分析を実施し、三井住友銀行もストレステストを行うなど、国内でも取り組みが進んでいます。

これまでの金融業界におけるリスク管理の動向については、以下のリンクをご参照ください。

■ 金融業界/銀行におけるストレステストの結果と課題

日本では金融庁と日本銀行が3メガバンクと連携して、2021年度に共通シナリオを用いたシナリオ分析の試行的取組(パイロットエクササイズ)を実施し、2022年8月に分析結果や課題を公表しました。このパイロットエクササイズでは気候変動リスクが貸与への影響(信用リスク)を通じて銀行の財務に与える影響を分析すると同時に、保有有価証券への影響(市場リスク)についても簡易的な分析を行なわれ、特に信用リスクは重要性が高いと判断されました。

信用リスクの重要性は、金融機関の預金貸与や融資、債券投資の割合の大きさから以前より議論されており、バーゼル銀行監督委員会も気候変動と信用リスクの関係性を認めています。そのため、今回のパイロットエクササイズで信用リスクの重要性がさらに明確化された形です。同時にストレステストはまだ実験的な取り組みの段階にあり、特に気候変動に関連するデータの解像度と質や気候変動リスクモデルの成熟度にはまだまだ課題があり、今後も取り組みが必要です。

本ストレステストに関する金融庁の公表の詳細に関しては以下のリンクをご参照ください。

■ 海外の銀行におけるストレステストの動向

ストレステストの実施は海外でも行われています。例えばヨーロッパでは欧州中央銀行(ECB)が、銀行が直面するであろう物理的リスク及び移行リスク、またそれらのリスクをどのように銀行が管理しているか評価するため、2022年度に気候変動ストレステストを実施しています。このストレステストの結果、気候変動は銀行にとって重大な信用・市場リスクをもたらすことが予測されました。特に信用リスクに関しては、物理的リスク及び移行リスクが企業の経済活動に悪影響を及ぼし、それに伴って銀行の貸し倒れリスクが増大すると見込まれています。

多くの銀行が気候変動リスクをストレステストに組み込み始めているものの、過半数の銀行はまだその取り組みが始まった段階にあり、60%の銀行はまだ気候変動リスクに関わる様々な要素をストレステストに統一できていないという結果が出ました。また、このストレステストは、銀行と監督当局の双方が気候変動リスクを評価する能力を高めるための共同学習演習と見なされており、欧州での取り組みもまだ実験的な段階にあります。欧州では他にもイングランド銀行(Bank of England)などでもストレステストを実施が勧められており、今後も継続的に気候変動に関するストレステストを実施しながら、モデルを精査していく動きが見込まれます。

■日本におけるストレステスト・気候変動リスク対応の今後の方向性

2021年度にパイロットエクササイズを実施して以降、金融庁と日本銀行はシナリオ分析に関する調査研究や関係機関との情報交換、国際会議への参加を通じた知見の共有を進めてきました。それを踏まえて、2024年度には第2回パイロットエクササイズを実施予定です。第2回パイロットエクササイズでは、第1回と比較して短い時間軸で、よりインパクトの大きい貸出への影響(信用リスク)とその評価に焦点を当てる予定です。これは第1回の結果や、市場リスクの簡易分析結果を踏まえ、短い時間軸と信用リスクが重要とされたためです。

参考リンク:https://www.fsa.go.jp/news/r5/ginkou/20240510/20240510.html(第2回パイロットエクササイズ実施に関する金融庁リリース)

他にも、バーゼル銀行監督委員会による市中協議文書「気候関連金融リスクの開示」では、定量開示に関してセクター・地理によってリスクへのエクスポージャーが変わることからセクター別・地理別で分類して開示をすることが提案されています。これらの背景から、日本でもより詳細で解像度が高いリスク分析が追求されることが期待されます。

■まとめ

気候変動が進む中で、金融業界における気候変動リスクの理解は徐々に深まり、その管理の重要性が増しています。気候シナリオ分析や気候変動リスクストレステストの実施において、将来の気候や社会に関するデータの重要性も高まっています。こうしたデータには、多数の実験例に基づき不確実性の高い極端気候の将来予測を行うアンサンブルデータなどが含まれます。

しかし、これらのデータを効果的に利用するには、データの解像度や品質、専門的な分析や解釈が必要であり、様々な障壁が存在します。このような障壁を克服するため、日本でも様々な取り組みが進められています。例えば、Gaia Visionも加盟している「気候変動リスク産官学連携ネットワーク」では、気候変動や影響予測に関するコンサルティングサービスを提供する企業、官公庁、研究機関が連携し、気候変動リスクに関する情報基盤の充実と信頼性の高いデータの活用を推進しています。こうした取り組みにより、より具体的で高精度な将来データの利用が可能になることが期待されています。

銀行におけるストレステストの実施が進むなかで、Gaia Visionの提供する気候変動リスク分析プラットフォーム「Climate Vision」は、メガバンクや様々な事業会社での利用実績を有しています。また、気候リスクの分析だけではなくサステナビリティに関連する規制の対応支援の実績もあります。将来のストレステスト/シナリオ分析などにご関心があれば、お気軽に資料請求頂ければと思います。