コラム Column

2022年12月19日

気候変動により増加する企業の水資源リスク

注目される水資源

気候変動による自然災害リスクと言われると降水の激甚化による洪水リスクにばかり目を向けがちですが、近年は世界の至るところで水不足が発生しており、このような利用可能な水資源に関するリスクも人間社会における大きな脅威となっています。特に製造業をはじめとした多くの企業活動において水は必要不可欠な資源であり、水資源によってもたらされるビジネス上の不確実性に対処していくことが迫られています。

またCDPやSBTNに代表されるように、近年急速に進む企業のサスティナビリティに関する情報開示のイニシアティブにおいても、企業が水資源関連のリスクにどのように向き合っているかについて評価されるようになってきています。

そこで本コラムでは、近年起こった世界の水不足イベントをレビューし、それらがどのように企業活動へ影響を与えるかについて解説します。また、このような水資源リスクに企業が対処するための方法とそれらに活用できる水資源予報データについても簡単に紹介します。

宝山ダムの貯水量減少によってTSMCは大きな影響を受けた [出典:Reuters]

近年の世界の干ばつ

まずは今年世界で起こった代表的な水不足イベントをいくつか紹介します。

アメリカのカリフォルニア州では、主に冬季の降水・降雪により水資源が供給されていますが、今年の1~3月は雨が非常に少なく、過去100年で最も乾燥した冬になりました。この小雨に気温の上昇が追い打ちをかけ、観測史上最悪とも言われる干ばつが続いています*1。 水不足が発生しているのはカリフォルニアのような乾燥地域だけではありません。比較的に気候が安定していることで知られているヨーロッパでも、今年の7月から8月にかけて記録的な熱波と小雨に見舞われました。その結果ヨーロッパで第二の長さを誇るライン川の水位はここ70年で最低と言われるレベルまで低下してしまいました*2
さらに、短期間に洪水と干ばつの両方を経験するような地域もあります。中国内陸部で長江の上流部に位置する四川省では昨年7月に豪雨による洪水が発生し、44万人以上の人々が洪水の影響を受け、3,800万ドル以上の経済損失が生じました*3。一方、今年の夏においては最高気温が40度を超える猛暑が続いたことで長江が干上がり、深刻な渇水に見舞われました*4

このように本年に限っても世界の様々な地域で水不足が発生していますが、世界気象機関によると、近年の干ばつの件数と発生期間は2000年以前と比較して29%も増加していると言われています*5。また、東京大学の最新の研究では、近い将来に世界の複数の地域で過去最大を超える干ばつが常態化することも予測されており、これまで以上に水資源不足のリスクを注視する必要に迫られています*6

2010年以降に大規模な干ばつが起きた地域 [Carbon Brief*7 のデータから筆者作成]

水資源リスクが企業活動へ与える影響

このように深刻さが増している水資源問題ですが、では水不足によって企業はどのような影響を受けるのでしょうか?ここでは製造業を例として具体的な事例を交えながら解説します。製造業では一般的に「調達・生産・物流・販売」といったサプライチェーンで製品やサービスを消費者まで提供していますが、このいずれのプロセスにおいても水資源不足による事業悪化のリスクが付きまといます。

はじめに、一番の影響を受ける生産のプロセスについて解説します。最も直接的な影響としては製品の生産に利用する水資源の不足が挙げられます。例えば世界最大の半導体メーカーであるTSMC(台湾積滞電路製造)は、2020年7月から台湾で続く少雨により、製造過程で大量の水を使用する半導体の製造が制限され、水不足が現在まで続く世界的な半導体不足の一因となっています*8。また、河川水量の減少による発電量不足によって電気の利用が制限される事例も発生しています。こうした影響に加えて、水道料金や電気料金の高騰による生産コストの増加なども水不足による影響として考慮する必要があります。

次に、物流のプロセスにおけるリスクを説明します。日本では馴染みが薄いかもしれませんが、海外の大河川は重要な物流経路となっており、水位が低下すると貨物の輸送に影響が出ます。先述のライン川では年間3億トンの貨物が輸送され、ドイツの水上輸送の80%を占めていますが、今回の水位低下により輸送キャパシティは通常の25~50%程度まで低下し、約0.5%の経済損失をドイツに引き起こしています [*2]。

このように生産・物流のプロセスにおける影響は、自社拠点もしくはその周辺地域が水不足に見舞われた場合に発生しますが、調達のプロセスにおいては、サプライチェーンの上流工程に当たる全ての調達先の拠点における水不足のリスクを考慮する必要があります。先述の半導体不足はその典型例です。鉱物・金属資源や加工物だけでなく、原材料として農産物などを利用する化学・薬品メーカーなどは、渇水による収量不足も懸念すべきです。また、原材料の不足は往々にして原料費の高騰が伴う点にも注意が必要です。

最後は、販売のプロセスにおけるリスクです。水不足により工場での生産や物流に支障が生じると、クライアントや消費者への製品の供給が遅延・不足することによりリピュテーションが低下し、最悪の場合には訴訟を起こされるリスクがあります。

製造業への水資源リスクをまとめると図3のようになります。事業のあらゆる箇所において水不足の影響を受ける可能性があるのはもちろん、自社のサプライチェーンに関わる上流・下流工程の企業に対しても注意を向ける必要があります。また、今回は製造業を対象とした解説をしましたが、他の業種においても事業の一部もしくは全過程で同様の水資源リスクは発生し得ることを念頭に置いて、今一度事業におけるリスクの見直しを進めていくべきです。

水資源リスクが企業活動へ与える影響

企業が水資源リスクに対処するためには

企業の操業に多大な影響を与えうる水資源リスクに対して企業が対処するには、自社の拠点等の情報と水資源に関わるデータをもとに自社のリスク分析を行う必要があります。具体的には、図に示すような「スクリーニング」「詳細分析」「対策検討」「モニタリング」の4つのステップに沿って水資源リスクを効果的に低減させることが重要です。本コラムでは、このうちモニタリングのステップで利用できる水資源予報データについてご紹介させていただきます。(水資源リスク分析に関する詳細な説明は別コラムでまとめさせていただきます。)

水資源予報とは、皆さんが毎日確認する天気予報のように、日本や世界の各地の数日から数週間先の水ストレスを予測したものです。気象の予測データを入力として地上の水の流れをシミュレートする水文モデルを駆動することで、河川流量という形で将来の水資源量を予測することが可能になります。

企業の水資源リスク対応

現在、国内外の多くの研究機関で水資源のリアルタイム予報とその精度を向上させる取り組みが行われています。今回はその中でも欧州委員会のCEMS(Copernicus Emergency Management Service)によって運営されている全球の水資源予報システムGloFAS(Global Flood Awareness System)について紹介します。GloFASでは準リアルタイムの流量モニタリングに加え、51のアンサンブル気象予報データを用いることで河川流量の30日予報、4ヶ月予報も行っており、全球1532地点の現観測地点においてその精度が検証されています。図はGLoFASのデータをもとに弊社で開発中の水資源リスクダッシュボードです。自社の拠点の位置情報を登録すると、30日先までの水資源量(河川流量)の予報値とそれに基づいた拠点の水資源リスク確率を瞬時に算出してグラフ化してくれます。このような水資源予報サービスを用いることで水不足に対して事前に対処することが可能になり、操業停止やコスト増加のリスクを低減することができます。また、昨今企業が対応に迫られているCDPやTNFDなどの水資源リスクに関する情報開示にも役立てることができます。企業の皆様にとって経営判断やビジネスリスク軽減に向けたより有益なデータや情報を提供できるよう、Gaia Visionとしても研究と開発を加速させていきます。

水資源リスクダッシュボード [Gaia Vision開発中]

Gaia Visionのサービス

Gaia Visionでは、本稿で解説した水資源予測データなどの気候変動関連リスクに対するレジリエンス向上に向けた取組支援、TCFDなどの脱炭素・気候変動関連の情報開示対応支援や、気候リスク分析アプリケーションClimate Visionなど、様々なサービスをご提供しています。水資源によるリスク管理や気候物理リスクの情報開示でお困りの際には、ぜひとも弊社にご相談ください。

まとめ

  • 水不足イベントは世界中で増加傾向にあり、気候変動により将来は未曾有の規模の干ばつが状態化することも懸念されている。
  • 水資源リスクは企業のサプライチェーンのいずれのプロセスにおいても様々な影響を与えるため、企業は操業リスクの低減やサスティナビリティ情報開示のために水資源リスクの分析を進めることが重要
  • 自社の拠点の水資源リスクのモニタリングのためには世界各国で開発がなされている水資源予報データが有用である。

参考資料

  1. JETROビジネス短信
    https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/06/2640cf837214e964.html
  2. ALJAZEERA: What’s the impact of the drought in the Rhine River
    https://www.aljazeera.com/program/inside-story/2022/8/19/whats-the-impact-of-the-drought-in-the-rhine-river
  3. ParsToday 中国・四川省で洪水被害、8万人が避難
    https://parstoday.com/ja/news/asia-i82448
  4. 東京新聞: 水不足の四川省、トヨタの工場など稼働停止 発電量8割の水力発電が…
    https://www.tokyo-np.co.jp/article/196545
  5. WMO: 2021 STATE OF CLIMATE SERVICES – Water
    https://library.wmo.int/doc_num.php?explnum_id=10826
  6. 東京大学工学部: 近い将来に世界複数の地域で 過去最大を超える干ばつが常態化することを予測
    https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2022-06-29-001
  7. Carbon Brief: Attributing extreme whether to climate change
    https://www.carbonbrief.org/mapped-how-climate-change-affects-extreme-weather-around-the-world/
  8. Forbes: No Water No Microchips: What Is Happening In Taiwan?
    https://www.forbes.com/sites/emanuelabarbiroglio/2021/05/31/no-water-no-microchips-what-is-happening-in-taiwan/