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2023年04月11日

TCFD シナリオ分析 実践ガイド最新版の解説 –取組のポイントと開示事例(2/2)

TCFDシナリオ分析の開示事例とポイントサマリ

  • 本記事は、2023年3月に環境省の「TCFDシナリオ分析実践ガイド」の最新版(2022年度版)が発刊されたのを受けて、改めてシナリオ分析の進め方のポイントと最新開示事例(2022年度版で追加された内容を含む)を解説している
  • シナリオ分析実践ガイドでは、6ステップでシナリオ分析の進め方が整理されている。本記事では、特に重要なポイントとしてStep3. シナリオ群の定義とStep4. 事業インパクト評価を挙げている。
  • Step3. シナリオ群の定義 においては、1.5℃シナリオや4℃シナリオなどのシナリオ選択と、一般的なパラメータを参照することに加え、社内や社外の専門家との議論を通じて自社の事業と紐づく形でナラティブにストーリーを具体化することが重要である。NEC社やグンゼ社の事例を参考に、具体イメージを説明している。
  • Step4. 事業インパクト評価においては、移行リスク算出に一般的に参照されるIEA “World Energy Outlook”とともに、物理的リスクにおいては国交省「TCFD低減における物理的リスク評価の手引」を参照することが有用である。JR東日本社の事例を参考に、具体的な算出の枠組みの例を示す。
シナリオ分析のポイントと事例サマリ
シナリオ分析のポイントと事例サマリ

コンテンツ


■2. シナリオ分析の開示例と解説

前頁に記載の通り実践ガイドでは、Step1~Step6の6Stepでシナリオ分析の進め方が整理されていますが、特に重要なのはStep3. シナリオ群の定義とStep4. 事業インパクト評価です。シナリオ分析においては、関係者と定性的に世界観のイメージを共有した上で、定量評価を行うことが重要です。

目次

2-1. Step3. シナリオ群の定義の開示例とポイント

Step3では、「2℃以下のシナリオを含む、複数の温度帯のシナリオを選択」することが求められます。基本的には、1.5℃シナリオと4℃シナリオを選び、必要に応じてその中間値として2℃シナリオを選ぶことが一般的です。ここで、自社の事業と紐づけて語れることが重要です。具体的な世界観を言語化し、自社の事業への影響を捉えることが求められます。

開示例として、NECやグンゼの事例が参考になります。NECは、1.5℃or4℃を含む、4象限で世界観を分類し、ビジュアルかつナラティブに世界観を記載しています。グンゼは、「原材料製造」>「製品製造」>「販売・利用」というバリューチェーンの全体像の中で、自社事業との関係性が大いにイメージが湧く形で、世界観が整理されています。

NEC社の開示事例
NEC社の開示事例
グンゼ社開示事例
グンゼ社開示事例

2-2. Step4. 事業インパクトの評価の開示例とポイント

次に、Step4の財務インパクト評価では、いかに定性的なシナリオにあわせて利用可能な数値を引っ張ってくるかがポイントになります。実践ガイドでは、移行リスク・物理的リスクそれぞれ代表的な算出方法を示しています。

移行リスクの評価では、炭素税導入によるコスト増が一般的な算出方法として取り上げられます。IEAの “World Energy Outlook” などを参照し、炭素税や排出係数を用いて、財務インパクトを試算することが典型例として挙げられます。

物理的リスクについては、異常気象激甚化による被害額の算出が典型例です。想定浸水深などをもとに資産毀損額や操業停止による被害額を計算し、被害額を算出します。ただし、情報が不足している場合は、国土交通省の「TCFDにおける物理的リスク評価の手引」を参照することが有用です。これにより、モデルの構築やリスク評価を行う方法が理解でき、有用なツールも紹介されています。

開示例として、JR東日本が対象河川を明示し、2℃シナリオと4℃シナリオにおける財務影響を定量的に示しています。製造業の場合も、同様の方法で想定浸水深を算出し、被害率や機会損失を計算することが可能です。ただし、JR東日本の例においてはバックデータとして、想定浸水深や、当該浸水深に対する被害額(被害関数)などの前提をおいていると推測され、一般的にその算出については、上記の手引を参照することで、詳細な分析を行う必要があると考えます。

JR東日本開示事例
JR東日本開示事例

また、戸田建設は異常気象の財務影響を定量化し、ウォーターフォール形式で他のリスク・機会と共に示しています。こうした見せ方は、シナリオ分析の結果を経年的に示す上でも有用だと考えます。

戸田建設開示事例
戸田建設開示事例

(参考)Step3. シナリオ群の定義に関する補足

Step3. シナリオ群の定義に注目したのは、定量的な財務インパクト評価の前に、まずはStep3の段階で関係者と定性的に世界観のイメージを合意形成できることが重要だからです。昨今の各社の議論の様子に鑑みるに、こうした定性的な世界観のイメージ合わせを行うことなく、定量的な議論を進めても、関係者間で実感を持たれず建設的な議論になりづらいと考えます。

なお、次にStep4. 事業インパクトの評価に注目したのは、定量評価を行うことの重要性に加えて、この定量評価においては、色々なファクターがあったり、中々ぴったりとはまる数値を取得できなかったりすることにより、困難を伴っているケースが散見されるためです。

Step3のシナリオ群の定義は、各社の開示やデータの利用可能性に鑑みると、まずは1.5℃と4℃を押えておけば良いようには思います。例えば、極めて物理的リスクに対する感度が高く、あまりに1.5℃と4℃シナリオでは極端すぎる結果になってしまう場合には、中間値として2℃シナリオを参照するという考え方が有効と考えます。

※なお、1.5℃シナリオというのは、産業革命前(大凡1850-1900年頃)からの温度上昇が1.5℃ということを意味します。既に現時点において、1℃以上温度上昇をしていますので、現状比では、0.4℃程度の温度上昇を意味します。恐らく、チャレンジングでありつつも、脱炭素の取り組みにより1.5℃目標というのを世界的に掲げているので、その目標に沿ったシナリオを入れてほしい、という意図だと理解します。

IPCCの温室効果ガスの濃度経路シナリオとの対応関係は以下の通りです。

IPCC RCPと温度上昇シナリオとの関係性
IPCC RCPと温度上昇シナリオとの関係性

また、一般論として各シナリオで世界がどう変わるかを語ったとしても、それだけでは社内の合意形成を実感を持って進めることは難しいと考えます。その世界観の中に自社の事業への影響が大きそうなことが何か、それを自社としてどう捉えるかを言語化していくことが重要です。 そのためには、2-36に記載のように「政府」「業界」など全体感をもって世界観の変化を言語化するとともに、自社に親和性のある観点を抽出して、社内及び外部専門家と議論しながら具体化することが重要です。

NEC社の事例においては、 「環境低負荷な都市づくりに成功した地域では住民や交流人口の増加、産業の活性化が財政健全化にもつながる。一方、これらの取り組みが機能しない自治体は人口・産業流出が起こり、地域間格差が進む」という記載があります。ここまで書くことで、公共向けに多くの事業を行っているNECにおいて、自社の事業への示唆を示すことができると考えます。これは、関係者間で議論を重ねながら、具体イメージが丁寧に作られたものと推測します。

グンゼ社の事例においては、「原材料製造」>「製品製造」>「販売・利用」というバリューチェーンの全体像が整理されています。例として、4℃シナリオの世界観において、工場拠点で異常気象による被害増加といった一般的なリスクだけでなく、暖冬化による防寒肌着の需要の低下、といった事業に紐づくリスクが提示されています。

(参考)Step4. 事業インパクトの評価に関する補足

物理的リスクについては、本実践ガイドの中で「1日あたりの操業停止による被害額を算出した上で、発生頻度の増加率や発生確率を用いて、被害額を算出可能である」とあります。ただ恐らく実際にはこの記載だけで分析を行うのは情報が足りず困難かと思います。物理的リスクの算定を行う上では、国交省から2023年3月22日に発刊された手引「TCFDにおける物理的リスク評価の手引」を参照するのが良いかと思います。
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tcfd/index.html

この中では、どのようにモデルを作りながら、シナリオ分析に活用可能なリスク評価を行うかが記載されています。また、あわせて活用可能なツールの例もP41に記載されています。(LaRC-Flood projectやGaia Vision社が例として挙げられています)

国交省「TCFDにおける物理的リスク評価の手引 P41、気候関連リスク評価に関するサービス」
国交省「TCFDにおける物理的リスク評価の手引 P41、気候関連リスク評価に関するサービス」

開示例として挙げたJR東日本においては、何らかの外部情報を用いて、想定浸水深を取得しているものと考えられます。その上で、その浸水深に対して想定される「資産額の毀損」「罹災に伴う計画運休」「復旧に要する期間に応じた旅客収入の逸失」「鉄道資産の復旧費用」の前提をおいているものと推測します。シナリオ分析については、シナリオ別の想定浸水深を算出するか、シナリオによる発生確率の変化などをもとに相対的に算出しているかの何れかと考えられます。

例えば、製造業の企業であれば、同様に「既存資産に対する被害率」「営業停止などに伴う機会損失」の前提をおいて算出することができます。被害率や機会損失については、一般的な算出方法は上記手引にも示されており、その値を活用するのも一案ですし(対応ツールを活用することも可能です)、自社独自の性質に鑑みながら前提をおいて算出することも可能と考えられます。

■3. 個別のご相談はこちら

Gaia Visionは、企業の物理リスク、特に洪水リスクの評価において強みを持っています。前述の、国交省による『TCFD提言における物理的リスク評価の手引き~気候変動を踏まえた洪水による浸水リスク評価~』のレポート内でも、広域な洪水リスクマップを提供できる主体としてGaia Visionが言及されています。実際、Gaia Visionの洪水リスクマップは、国内30m海外90mという非常に高い解像度で、かつ2℃シナリオや4℃シナリオなどシナリオ毎のリスク算定も可能な、シナリオ分析において強力なツールです。シナリオ分析を新たに始める際や、今後シナリオ分析を深化させていく際は、是非当社のサービスの利用をご検討ください。ご不明点などありましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。

参考文献

  1. 環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候変動リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2022年度版~」
    https://www.env.go.jp/content/000120595.pdf
  2. 環境省「TCFDを活用した経営戦略立案のススメ~気候関連リスク・機会を織り込むシナリオ分析実践ガイド 2021年度版~」
    https://www.env.go.jp/content/000104074.pdf
  3. 国交省「TCFD提言における物理的リスク評価の手引き」
    https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/tcfd/index.html
  4. ISSB「ISSB Update 2023年1月」
    https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/issb_202301.pdf
    ※SSBJ(サステナビリティ基準委員会)による和訳
  5. NEC(日本電気株式会社)サステナビリティレポート2022
    https://jpn.nec.com/csr/ja/report/index.html
  6. グンゼ社 統合レポート 2022
    https://www.gunze.co.jp/sustainability/integrated_report/
  7. JR東日本グループレポート(統合報告書)
    https://www.jreast.co.jp/eco/pdf/