コラム Column

2022年10月14日

気候物理リスクとは?分析の概要とポイントをご紹介

地球温暖化により企業が直面するリスクは、大きく物理リスクと移行リスクに分けられます。物理リスクは、海面上昇や異常気象などの気候変動により生じる物理的現象により引き起こされるリスクであり、一方の移行リスクは低炭素社会への移行に伴う財務的なリスクを表します。2021年に当時の菅首相が2050年カーボンニュートラルを宣言したことからも、移行リスクに関しては日本でも多くの企業で加速的に対策が始まっているのに対して、物理リスクへの対応は遅れています。

ダイアグラム

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気候変動リスクと企業財務の関係性

過去のコラムでもご紹介した通り、気候変動の影響は様々な自然災害の激甚化・頻発化を通して、企業の財務に大きな影響を与え始めています。企業の財務や収益への影響をできるだけ少なくし、投資家への説明責任を果たして投融資を円滑に受けられるようにするためにも、自社やバリューチェーンが持つ物理リスクの評価と情報開示が必要とされています。

物理リスクへの対策を加速させていくためには、物理リスクによる財務影響の評価手法確立が必要です。適切な評価なしでは、投資家・企業の両者にとって好ましくない影響が生じます。投資家にとっては、大きな物理リスクを持つ企業に投資をしてしまうことで、将来リスクが顕在化した際に損失につながる危険性があり、一方企業にとっては、物理リスクに関する情報を開示しないことが、市場から低い企業価値評価につながってしまうというリスクがあります。

こうした背景から、物理リスク分析の一助となるよう、本コラムでは物理リスクの財務影響評価方法について解説します。

物理リスクの分類

物理リスクは、異常気象から引き起こされる事象によるリスクである急性リスク(サイクロンや洪水など)と、長期間での気候パターンの変化によるリスクである慢性リスク(海面上昇や熱波など)に分類されます。

企業の事業活動の観点から捉えると、企業の保有する物理的資産が直接影響を受ける「直接リスク」、バリューチェーンのステイクホルダーが影響を受ける「間接リスク」に分類できます。

ダイアグラム

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直接リスクと間接リスク

物理リスク分析手順

次に、実際に物理リスクの財務影響を行う手順について解説していきます。大きく3つの段階があります。

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分析手順の概要

1. リスクの特定と分析

急性/慢性による分類によりリスクを特定することが一般的ですが、企業が持つ特徴(産業と地域)からリスクを把握することもできます。

産業特有のリスクの例としては、

  • 農業:気候変動による作物の収率低下
  • 保険:不確実性の増加による商品の価格設定難化

などが挙げられ、地域特有のリスクの例としては、

  • 緯度が高い地域:温度上昇が大きい(例:カナダでは他地域の2倍の温度上昇)
  • 平坦な低地と河川に近い立地:自然排水が難しいことから洪水のリスクが大きい

などが挙げられます。また、バリューチェーンに従った整理を行うことも有用です。原材料や部品の調達を含む上流、市場への製品供給を含む下流、その他インフラ関係企業の持つリスクから受ける影響といった整理ができます。このような切り口を活用して、企業が持つ主要なリスクを特定することが必要です。

各リスクの大きさを分析することで、企業にとっての重要度(マテリアリティ)を見積もることができます。まずは定性的に分析した上で、定量化できる項目はできるだけ定量化して、リスクの重要度を客観的に説明可能にすることが重要です。

リスクは下図のように、ハザード(発生時の大きさ)✕エクスポージャ(対象の価値など)✕脆弱性の3要素の掛け合わせで表現できます。気候変動の影響分析の際には、ハザードの大きさを見積もることが最も重要ですが、データが中々手に入らないことが大きな課題です。洪水リスクの分析手法については、別のコラム「TCFD開示に必要な洪水リスクの評価方法とデータ精度」をご参照ください。

ダイアグラム, 図形, 矢印

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物理リスクの構成要素

2. 対策の整理

気候変動の対策には、温室効果ガスの排出削減と吸収の対策を行う緩和策と、気候変動影響への防止・軽減のための備えや新しい気候条件の利用を行う適応策の2種類があります。さらに、それぞれの対策について、地方自治体が主体となり公共インフラに対して行うものと、個別企業が主体として独自の事業に関して行うものの2つに分類することができます。これら2つの軸から、次の図のように対応策を整理することができます。

テキスト

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物理リスク対策の分類

3. 物理リスクの評価と対応

最後に、1.で特定したリスクについて、2.で整理した対策を講じた場合の影響を整理します。財務への潜在的影響の大きさを、大・中・小の3段階で整理します。

さらに、これらの財務影響が企業価値算定に与える影響の評価手法についても紹介します。企業価値算定で一般によく用いられる方法として、DCF法(Discounted Cash Flow法)があります。財務への影響を詳細に定量評価できるため、この算定手法に基づいて将来のキャッシュフロー予測や割引率の調整を行い、企業価値への反映をすることが理想的です。

最後にまとめとして、1.から3.の評価手順に従った分析の例(仮想の自動車製造企業の例)を示します。一例に過ぎませんが、参考にしてみてください。

物理リスク分析の一例(仮想の自動車製造企業の例)

物理リスクへの対応の事例

既に気候変動による物理リスクの対応を始めている企業もあります。

キリンはTCFDに基づく開示資料の中で、リスクの把握、リスク評価、それに基づいた戦略を整理しています。農業系の事業が特有に受ける収量への影響や、地域別の工場の水リスク分析など、非常に細かい分析がなされていることがわかります。さらに、それぞれのリスクについて財務影響を定量的に示しており、日本企業の中でもトップレベルの開示だといえます。

このリスクの分析を実際にすぐ事業へと反映させた点も優れています。TCFD分析の結果に対応して災害マニュアルを見直し、2019年の台風15号や19号で自社への大きな被害を避けることができたと述べられています。また、キリンの主力商品であるビールの原材料が気候変動で終了に大きな影響が出るとわかったことから、新しい醸造技術や栽培技術の開発を進めており、戦略を気候変動へいち早く適応させていることを丁寧に説明しており、気候変動に強いサステナブルな企業だという印象を受けます。

グラフィカル ユーザー インターフェイス, テキスト, アプリケーション, メール

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キリンホールディングスの物理リスク分析[2]

リコーは、下記の表で物理リスクの分析と評価を簡潔にまとめています。財務影響と緊急度という評価項目を設け、それぞれ3段階に分けた評価を行なっています。各項目について現状行なっている/これから行う対策を詳細に議論している点も特徴的です。リコーは社内にリスクマネジメント委員会を設置して、リスクレベルを影響額から定量的に見積もり、その大きさに応じてリスクマネジメントレベルを決定して経営に活かす仕組みを構築して、緊急度が高いとされた自然災害の増加に対して、「2021年度より止水板や防水壁の設置などの必要な工事に着手」しているということで、早くも適応を進めています。そればかりでなく、自社のシステムを適応サービスとして新規事業開発して、リスクを機会としても活かしており、情報開示と対応の両面から先進的な企業だと考えられます。詳しくはリコーグループのTCFDレポートをご参照ください。

テーブル

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リコーグループの物理リスク分析[3] 一部加筆

気候リスク分析アプリケーションClimate Vision

株式会社Gaia Visionが開発している、気候リスク分析アプリケーション”Climate Vision”は、この洪水リスクの分析を簡単に実施できるWebサービスで、企業のTCFD分析にかかる負担を低価格で大幅に減らすことができる画期的なソリューションです。気候物理リスクの分析や情報開示でお困りの際には、ぜひとも弊社にご相談ください

参考文献

  • [1] Investor Leadership Network, CLIMATE CHANGE PHYSICAL RISK TOOLKIT, https://investorleadershipnetwork.org/wp-content/uploads/ILN-Climate-Change-Physical-Risk-Toolkit-v6.pdf, 閲覧日: 2022/10/12
  • [2] キリンホールディングス株式会社,TCFD提言に基づく開示, https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/kirinER2022_TCFD_0909.pdf, 閲覧日: 2022/10/13
  • [3] 株式会社リコー, TCFDレポート, https://jp.ricoh.com/-/Media/Ricoh/Sites/jp_ricoh/environment/management/tcfd/pdf/TCFD_report_web.pdf,閲覧日: 2022/10/13