コラム Column

2023年07月23日

最近10年間の世界の洪水被害のまとめ

2023年7月上旬、九州北部で線状降水帯による洪水等の災害が発生しました。また、中旬にも秋田で活発な梅雨前線による豪雨被害が生じています。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、被災地域の一日も早い復旧をお祈り申し上げます。

本記事では、日本に限らず世界中で近年発生した洪水等のイベントによる被害を紹介します。発生年・地域のデータを俯瞰し、今後どのように対策や意識づけをするべきかの参考になればと思います。

世界の洪水被害(年・地域別)

リスクマネジメントコンサルティング業務等の Aon(本社:米国)が毎年発行する Weather, Climate & Catastrophe Insight Report を参照し、2014〜2022年に世界中で発生した経済被害額の大きいイベントをまとめました(額は当時の米ドル)。洪水のほか、台風、ハリケーン、サイクロン等の風水害を含みます。特に被害額が甚大であったものは赤字でハイライトしました。

世界の洪水被害イベント(2014-2022年、筆者作成)

また、2022年夏の自然災害をまとめたコラムもありますので、併せてご覧ください。

世界の洪水被害:東アジア・豪州・オセアニア地域

長江や黄河など、広大な流域を誇り歴史的にも大洪水を繰り返してきた河川の多い中国では、都市化も進み甚大な経済被害イベントが頻発しています。主に豪雨による洪水が多く、2020年夏には1996年の観測開始以来最多となる21の大規模な洪水が中南部を襲いました。長江中流域にある世界最大の水力発電所を擁する三峡ダムも、2009年の竣工以来最大の貯水量であったとされています。280名もの死者が出たと共に、140万棟の住宅や広大な範囲の農地が被害に遭い、経済被害額は当時の350億米ドルにまで膨らみました。

ダム建設・操作やモニタリング技術の導入等と並行して中国が力を入れているのが「スポンジシティ構想」であり、いま注目の Nature-Based Solutions の一角とも言えます。道路や歩道を透水性の高い舗装にするほか、道路脇に緑地を導入したり、街中に湿地公園(下写真)を造ったりすることで雨水を受け止め、ゆっくり流出させる洪水対策機能を持った都市が拡大しつつあります。

中国のスポンジシティにある湿地公園(筆者撮影)

日本では線状降水帯や台風による豪雨が発生することが多く、2015年の関東・東北豪雨をはじめ2018年の西日本豪雨、2019年の東日本台風、2020年の7月豪雨、2021年の8月豪雨、2022年の台風14号と毎年のように大雨による被害が各地で繰り返されています。また、2022年2-3月にはオーストラリア東部で1週間で1年分以上もの雨量が観測される記録的豪雨があり、豪州の保険業界では最大規模の保険損害額(40億米ドル)となりました。2023年1-2月のニュージーランドの水害については、こちらのコラムで詳説しています。

世界の洪水被害:東南アジア・南アジア地域

東アジアと合わせてモンスーンの影響を強く受ける地域であり、雨季には洪水を発生させる台風やサイクロン、豪雨が頻発し被害が繰り返されています。特に2022年のパキスタン洪水は記憶に新しいものと思われます。7月から9月までの全国の降水量は過去平均を175%上回り、局地的には450%上回った記録もあるほどの大雨でした。

洪水で医療施設が被災したこともあり、死者の多くは急性栄養失調や、腸チフスやマラリア等の水系感染症で亡くなったと報告されています。また、産業としても綿花不足のため繊維工場が操業停止になる等の影響がありました。

近年では2021年の台風ライ(22号)が260km/hもの暴風が甚大な被害を呼び、400名もの犠牲者及びフィリピンで過去3位の経済被害額(10億米ドル)を生じさせました。イベントの金額としては相対的に小さい分類になりますが、同国のGDP規模や、平均年20もの台風に襲われることを踏まえるとインパクトの大きさや復旧の困難さは想像に難くありません。

世界の洪水被害:アメリカ地域(米州)

アメリカ大陸ではハリケーンによる被害が顕著です。特に2017年のハリケーンハービーは、熱帯低気圧を移動させる上空の風が弱く、また北側の高気圧の影響も相まって、テキサスに数日間停滞し計1,220mmを超えるほどの驚異的な降水量を記録しました。浸水被害のほか、最大215km/hに到達した暴風による建物や電力・水といったライフラインへの被害も甚大なものとなり、経済被害額は全米で1000億米ドルにのぼりました。

2022年9月のハリケーンイアンでは、フロリダの西側からの進入経路や海岸線の地形等の様々な要因により、4.3mにも及ぶ壊滅的な高潮が発生し深刻な洪水被害が生じました。

ハリケーンの典型的な進路としては、カリブ海やメキシコ湾、大西洋中部近郊で発生後、西へ移動し、北西~北あるいはさらに北~北東へと進行していきます。ついては2017年のハリケーンマリアがドミニカ共和国やプエルトリコに650億米ドルもの経済被害を及ぼしたように、カリブ海諸国や中米でもハリケーンによる被害が頻発しています。

世界の洪水被害:ヨーロッパ・中東・アフリカ地域(EMEA)

EMEA地域は世界の他地域と比べて洪水イベントのインパクトは小さく、例えば直近2022年の経済被害額では干ばつ、対流性暴風雨、暴風に次ぐ災害種とされています(合計額の7.3%)。他方、2021年7月にはドイツ、ベルギー、オランダ等で低気圧の停滞による豪雨で456億米ドルもの甚大な洪水被害が発生しました。この洪水により、ヨーロッパでは気候変動による洪水の激甚化・頻発化の研究や議論が活発になっています。

2023年5月にもイタリア北部で大洪水があり、市民や企業に甚大な被害を及ぼしました。

洪水被害への今後の対策

総じて、洪水等の風水害イベントの発生頻度や経済被害は、世界各地で恒常化・増大していると言えます。2000-2021年の災害別の年平均経済被害額は、干ばつや地震等の災害を抑え、熱帯低気圧と洪水がそれぞれ860億米ドル/年、700億米ドル/年とトップ1、2でした。(データの高精度化や範囲拡大、インフレ率の寄与も留意すべきですが、)人口やGDPの成長とその地理的分布といった社会経済的要因、さらに気候変動が複合的に作用し大規模な経済被害イベントが起きやすくなっているところ、洪水対策が追いついていない地域や家庭、そして企業が多いでしょう。

将来の洪水予測も収集できる現在、自身の資産や依存しているネットワーク(個人のライフラインにしろ企業のサプライチェーンにしろ)の姿に起こりうる洪水の影響を重ね合わせて考えることが、重要でありかつ要請が高まりつつあると言えます。

ご参考:個別のご相談はこちら

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参考文献

  1. Aon plc (2014-2023). Weather, Climate and Catastrophe Insight https://www.aon.com/weather-climate-catastrophe/index.aspx
  2. NASA Earth Observatory (30 October 2020). China’s Unrelenting Season of Flooding https://earthobservatory.nasa.gov/images/147471/chinas-unrelenting-season-of-flooding
  3. CNN (6 March 2022). Sydney faces more rain as death toll from Australian floods rises https://edition.cnn.com/2022/03/06/asia/sydney-australia-flood-intl-hnk/index.html
  4. Hannes Goegele, WFP (17 October 2022). COP27への道:台風ライから1年、フィリピンが学んだ教訓 https://ja.wfp.org/stories/road-cop-27-lessons-rai-philippines-one-year
  5. Tom Di Liberto, NOAA Climate.gov (18 September 2017). Reviewing Hurricane Harvey’s catastrophic rain and flooding https://www.climate.gov/news-features/event-tracker/reviewing-hurricane-harveys-catastrophic-rain-and-flooding
  6. Matthew Seaver, WINK (28 March 2023). Why Hurricane Ian’s storm surge was so devastating https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20220930-00317391